三回忌の法要

25日、日曜日に三回忌の法要を無事に終えることができました。
来てもらったのは義弟とその家族だけです。一回忌同様自宅でやりましたので今月から施設で暮らし始めた父や東京に住んでいる弟家族は呼びませんでした。
母や伯母二人の葬儀は10年以上前に父が喪主をして、一回忌、三回忌、七回忌、十三回忌も京都の檀家のお寺で親戚一同を呼んで大勢でやってました。
しかし今は昔のように親戚皆が京都市内に住んでしょっちゅう顔を合わせていた時代ではなく、親戚とは冠婚葬祭の時にしか顔を合わすぐらいなので人間関係は希薄になりました。
妻もうちの親とは会う機会も多くありましたが最近は父の記憶も怪しいし、弟家族とも盆と正月に会うくらい、義父母もいないしわが家の近くに住んでいる義弟たちだけで充分です。
今年も妻が大好きだった薔薇の花束を持って来てくれました。

もう2年経ったのか、早いなと思います。
今でも何故妻がいないのか、不思議に思うことがあります。
この感覚は結婚して2年ぐらい経った頃になんでここ(妻の家)にいるのかと思えた感覚に似ています。
今月の始めには妻の小中高時代の友達二人が来てくれて、今日は義弟たちと、二回妻の話ができてよかったです。
改めて僕の妻への思いを再確認できた今月でした。
会って話がしたい、でもそんなことは叶わない、せめて夢の中にでも出てきてほしい。
それだけでもうれしいのです。
ほんと、僕にとってあんないいやつはいなかった、これに尽きます。
どう生きていこうか
世間一般では今日でお盆休みも終り、明日から通常に戻る今の時期、妻の三回忌を来週に控えて今後どう生きていくのか、考えています。
とりあえず今決めているのは2027年3月までは働くことだけです。
仕事が4月に始まり翌年3月に終わるので今の職場では皆3月に退職します。
その頃には65歳になってますので厚生年金と個人年金保険の受給に給料が重なり、今迄の人生最高に余裕のある生活を送れるはずです。
当初の計画では妻と遊びまくるつもりだったのですが。
それはいいのですが妻を亡くし独りで家に籠っていては鬱になるんじゃないのか?と思い働きだしたのにまた元のような寂しさに襲われるんじゃないのか?という不安はあります。
悲しさは日にち薬のおかげで2年前のようにひどいものにはならないと思いますが。
仕事を辞めて今の生活の延長のままであり余る時間を手に入れても独りでいたらあんまり楽しくはなさそうだというのはなんとなく想像できます。
子供はいないし弟が二人いますがあてにはできないし、このまま行けば孤独な人生間違いなし、やっぱりパートナーを探そうかな?という気持ちが頭をもたげてきます。
妻が障害年金を受給していたので僕は65歳までは遺族年金を受給できます。妻が受給していた金額の1/3以下ですが。
だから再婚するとしても65歳になってからがお金の面ではベストです。
と言ってもあと2年。
相手が見つかったとしてもゴールインまでは2年ぐらいかかるだろうと思うと今から動いてもちょうどいいぐらいかもしれません。
業界では明日の自分より今日の自分のほうが若いというようです。ちょっとでも若い、見た目が老け込まないうちから活動を始めたほうが有利なことは間違いないようです。
後から後悔しない為にも人事を尽くして天命を待とうと思います。
オッサンには残された時間は少ないのです。
お盆休みを前にして
金曜日の夜は開放感に浸れる一番好きな時間ですが今日は特別にそうです、明日からお盆休みを取りますので。
と言っても5連休ですが。
来月にも5連休を取りたいので休みは一部先送りしました。
お盆休み中にはいつも実家にお坊さんに来てもらっていましたが今まで一人暮らしを続けていた父もとうとう一人がおぼつかなくなり、今月から施設に入り実家が空き家になりました。
お坊さんが来る時には東京に住む弟たちも含めて兄弟三人実家に集合していたのですが、それも取りやめにしました。
うちは先祖が西陣にいたので檀家のお寺もそっちの方にあって今実家があるところとは少し離れており、今の時期はいつもお坊さんは決まったスケジュールで順番にバイクで檀家周りをしていました。
京都は仏事を大切にする家が多いのでお盆期間中は分刻みのスケジュールで今では市内各所に散らばった檀家周りをしていたお坊さんにとっては周るところが一軒減って楽になってよかったんやな
いんかと思ったりもします。
妻は仏教系の高校、短大に行っていて仏事は大切にしていましたので妻には「何でやらんねん」と怒られるかもしれません。
話は変わってオリンピックも早くも残り3日、妻と新婚旅行に行ったパリを駆け抜けるマラソンが楽しみです。
「またパリに行きたいなあ」と思います。
それと今月25日には妻の三回忌法要を執り行います。
パリのマラソン、新婚旅行で行ったルーブル美術館とヴェルサイユ宮殿もコースに入ってますので妻と一緒に見られたら盛り上がれるのになあ。
オリンピックに思うこと
パリオリンピックが始まりましたが、前回の東京から3年しか経ってないので、「もうオリンピックか」と時の流れの早さを感じてしまいます。
2021年東京の時は妻もまだ元気で1年後に他界するなんて、その頃は想像だにできませんでした。
妻はあんまりスポーツを見るのには関心がありませんでしたので東京のときもダイジェスト版を見るぐらいでサラッと流していました。ラグビーは僕の影響で少し興味を持ったようでワールドカップ日本大会の時は「にわか」ファンになっていました。
で今度のパリ大会、妻は結婚式の自身のプロフィール紹介の文章に「新婚旅行で憧れのパリに行けるのが夢のようです」と書いていました。
結婚する前から妻は月二回フランス語会話教室に通っていました。
それぐらいフランス好きだったのです。
月二回フランス語教室へ通うのは2016年まで続きました。
終わるのが20時でその後、阿倍野近鉄百貨店の前の地下鉄との連絡通路で待ち合わせて、その辺で晩御飯を食べていました。
スポーツ観戦自体にはあまり興味のない妻でしたがもしパリオリンピックの放送に出てくるパリの街並みを見たら「また行きたいなあ」と言うに違いありません。
僕は退職して時間ができたら一緒に行こうと考えてはいましたが、病気で体調は長年かけて少しずつ悪化を辿ったので旅行に行くのは不可能になってしまいました。
ほろ苦いパリオリンピックです。
誕生日がトラウマ
今日は僕の誕生日です。
誕生日になると2年前の誕生日の出来事が忘れられません。
トラウマです。
2年前の今日は日曜日でした。
朝、妻からショートメールが届きました。

誕生日おめでとうの一言、嬉しかったです。
「これからも、幸せに楽しく暮らそうね。いや、もっともっとやね。」
この文を読んで胸がジーンと熱くなりました。
「そう思ってくれてんのか」
嬉しいというか、何というか。
全力で妻を守ってやりたいと思いました。
妻が口寂しいというのでキシリトールガムを持って行ってたんです。
腸閉塞で食べられなくなったのでせめて味があるものを持って行ってやりたいと思ったのです。
この日、僕は主治医から妻の容態について説明をしたいと言われていたので午後3時に義弟と病院に行きました。
その時、主治医から思わぬことを告げられました。
心臓の働きが健康な人の4割くらいしかない。
いつ不測の事態が起きてもおかしくはない。
妻が延命治療はしない旨の書類にサインをしたのでサインをしてほしい。
僕はこれを聞いて目の前が真っ暗になり、涙が溢れてきました。
「そんなに悪くなっていたのか」
僕の想像をはるかに超えていました。
この頃はコロナで病室に入れませんでしたので妻に会えずに帰りました。
夕方になって妻から電話がありました。
「今日、病院来てたん?」
「うん、先生から呼ばれてたからな」
「何か知ってる声が聞こえたからそうやと思った」
一緒に来ていた義弟の声が大きかったから割と近い部屋にいた妻に聞こえたのです。
「何言われたん?」
この時妻に何と言ったか覚えていません。
翌月16日に妻は退院しましたが24日に他界しました。
この日はいいことと悪いこと両方あった生涯忘れられない一日です。
いいこと1割悪いこと9割ですが。
だからトラウマです、誕生日は。
今日は大学時代の友達から誕生日おめでとうメッセージを貰いました。
facebookやってるからわかったんでしょうが毎年メッセージくれるのは嬉しいです。
祇園祭の山鉾巡行の日に京都市内で生まれたから両親は嫌が上でも僕の誕生日を忘れることはありませんでしたが母は他界して父も記憶が怪しいのでもう覚えてないかも知れませんから友達一人
だけですね、反応してくれるの。
虚しい誕生日です
結婚における幸福と不幸
昨日、YouTubeでおすすめで出てきた婚活に関する動画を見ました。
そこで述べられていたのが「絶対避けろ、選んではならない女性の特徴7選」という内容でした。
これには婚活者だけでなく、既婚者にとっても自分の相手がこれに当てはまるのかどうか考えさせられる内容だったのか既婚者のコメントも多く寄せられていました。
その選んではならない特徴7選ですが
1)感情の起伏が激しい
2)極端に保守的
3)自分に軸がない
4)自分中心の考え
5)人のせいにする
6)金使いが荒い
7)節約しすぎ
番外)両親が毒持ち
という内容でした。
僕は妻とはネットで知り合いました。
10年近く付き合っていた彼女と別れて2年ほどして、その間新たな出会いもないので婚活サイトに登録して、多くの人とメールのやり取りや面会をしてその中から最終的に選んだのが妻でした。
妻については上の7つどれも当てはまりませんでした。
YouTubeのコメント欄には結婚前にこのことを知っておきたかったとか、離婚した妻が正にこのタイプだったとか、結婚中の妻が当てはまるタイプなので毎日が辛いとか心情が書かれたコメントで溢れていました。
コメント欄を読むと結婚するまでは猫被っていて結婚後に本性を現してきたということもあるようです。
これを読んで、妻がどれにも当てはまらない結婚相手としては理想的な人だったことを再認識しました。
これは単に運が良かったということではなく、見た目、性格、価値観どれもまんべんなくよかったから妻を選びました。
妻が結婚することを決めた当時に友達に送ったメールを読みましたが妻は僕のことをまんざら悪くないとか上から目線のメールを送っていました。
今回は女性編ですが勿論男性に対しても絶対選んではならない男の条件はたくさんあります。
離婚したいレベルまでには達していなくても辛い嫌な思いを抱えながら結婚生活を送るのも、それはそれで人生の貴重な時間の無駄遣いですね。
そうかと言って簡単に離婚できない事情もあるでしょうし。
自分の理想とする結婚生活を送れなかったという意味で不幸なのは死別者と同じだと思います。
僕の場合は結婚生活においては不幸ではなかった、まあまあ幸せでした。
僕が妻を選んだことに間違いはなかった、よかったと思っています。
ただ難病になってしまったことだけが不幸、最大の不幸でした。
妻と暮らした日々がどんどん遠ざかっていく
ここ最近土曜日に車で出かけることが多くなりました。
2月に車を買い替えたので乗りたい気分があるからなんでしょう。
で、行った先でスマホで写真を撮ってるのですがさっき写真を見返していました。
3/30に奈良にある高取城址に行きました。
山道を車で登って、行き止まりの所の路肩に車を止めてあとは山頂の城跡までハイキングコースみたいなところを延々と登って行きます。
そうするとこんな山の頂上によく作ったものだと驚くような石垣が現れます。
僕が行ったのは2回目だったのですがここは知る人ぞ知るという場所で人はあまりいません。
観光地に溢れている外国人観光客も流石にここにはおらんやろと思っていましたが3人いました。
30代前半くらいの白人男性とその両親とおぼしき方々。
こんな所をどうやって知ったのか興味が湧いたので「Where do you come?」と聞いて見ました。
する母親から「Chicago 」と返事がありました。
それで「How do you know here?」と聞いたら今度は息子から日本語で「僕は奈良に住んでるから」と
返事があり、「なんやそういうことか」と納得したみたいな出来事からもう三ヶ月になろうとしています。
つい最近のことだと思っていたのにもう三ヶ月経ってしまったのかと。
思い起こせば2021年の7月に定年退職しましたが、早く自由の身になりたかったから年初から毎朝通勤で家を出て歩く途中、心の中で退職まで後何ヶ月、何週間、何日と毎日カウントダウンをしてその日が早くこないかと思いながら過ごしていたのですがそんな日々からも、もう3年過ぎました。
あの頃は妻が旅立ってしまうなんて思いもしなかったのに。
退職してから、直ぐ派遣で働き始め退職の一年一ヶ月後に妻がいなくなってしまうなんて。
人生って思いもよらない事が起こりますね。
前もってわかっていたらもっと違う過ごし方をしたのにね。
8月に三回忌を迎えます。
3年前はあれほど早く日が経って欲しいと思っていたのに今はもっとゆっくりと時が流れて欲しいと思います。
でも平日の生活は毎日家と職場の往復という同じことの繰り返しで知らぬ間に日が経ってしまっています。
日が経つのが早すぎます。